home

保福寺峠

日程
2019/06/08
行程 長野県四賀村
保福寺峠(標高1345m)の地図座標 https://www.mapion.co.jp/m2/36.310508578876885,138.08237312302123,15
保福寺の地図座標 https://www.mapion.co.jp/m2/36.31370735096661,138.03166864381075,16

保福寺峠を通る東山道は、古来、都と東国、信州松本と江戸を結ぶ
重要な街道のひとつであった。

ウォルター・ウェストン(1861-1940)が
明治24年(1891年)8月2日
人力車で上田から保福寺峠を越え松本に向かった。

丸山晩霞(1867-1942)が吉田博(1876-1950)とともに
明治31年(1898年)6月から7月にかけ「日本アルプス写生旅行」を敢行、
飛騨方面まで巡り、帰途、松本から保福寺峠を越え上田に向かった。

現在この林道(県道181号線)の四賀村保福寺〜青木村は
舗装されてはいるものの、細道難路である。
人力車で通ったウェストンは、たいそう難儀したことであろう。

2019/06/08

保福寺の通り

 
曹洞宗 保福寺
山門の大きな草鞋(わらじ)は青木村までの難路旅路の安全を祈ったものであろう
ここから歩けば青木村沓掛温泉まで20km、標高差500m、山道で5〜6時間の行程だ。

 
村社 津嶋神社


四賀村から保福寺の通りを過ぎ、最終の人家あたりで
左折して保福寺峠に向かう

保福寺峠への途中に「一遍水」がある
 
一遍水

 
一遍水は「一遍上人」が飲んだ水とされる


晴れれば松本方向の視界が開ける


一遍水から、さらに登って行くと保福寺峠に辿り着く

 
保福寺峠(標高1345m)
十観山1285mへのトレッキングコースになっているが、ここから
二ツ石峰1563m〜入山1626m〜御鷹山1623m経由で行程9.5km


保福寺峠にある馬頭観音
十観山へ続く登山道


保福寺峠の看板


保福寺峠には、ウォルター・ウェストンの
「日本アルプス絶賛の地」の石碑がある


石碑の背には次のように記載されている

明治24年(1891年)8月
午後1時少し過ぎ、私達は人力車に揺られながら、
上田町を擁している山囲いの渓谷を横切って行き、保福寺峠を越え
松本に西走する道に沿っていた。
(中略)午後6時、私達は海抜4500呎(フィート)の山頂に達した。
それから、その山稜の割目の左側に至る小さな円丘に立つと、
私達の心引かれていたあの大連峰の全景が、突然眺められた。
私達は思いがけなくその眺望に接したので、
ただ驚嘆するばかりだった。
「日本アルプス登山と探検」より
ウォルター・ウェストン著 岡村精一訳

ウォルター・ウェストン(1861-1940)
英国宣教師、明治21年から大正4年まで都合3回来日、
日本アルプスを世界に初めて紹介した人であり
保福寺峠を越えたのは明治24年(1891年)8月2日
と推定される。
昭和61年10月(国際アルピニスト年)
四賀村・青木村建立


ウォルター・ウェストンの石碑から西方向を眺める
雲が晴れれば絶好の眺望がある
乗鞍岳〜霞沢岳〜前穂高岳〜蝶ヶ岳〜奥穂高岳〜北穂高岳〜常念岳〜槍ヶ岳
の山々が見えるはずである。
快晴の日を選んで、また訪れてみよう。


 
保福寺峠にある、萬葉集の歌碑


保福寺峠にある、鳥獣供養塔


保福寺峠から青木村へ続く林道を20分ほど車で下り
沓掛温泉を目指したが、とても大変とわかり時間切れで
中間地点あたりで保福寺峠へ引き返し、帰途となった。
それにしても、昔の人は舗装もされていないこの山道を
よくぞ歩いたものだと感心した。
昔かつて一遍水にあった茶屋が唯一の休憩場所で、途中の宿は無かった。
大変な道には必ず馬頭観音の石碑があり、ここにもある。
当時が偲ばれる。


home
















































<EOF>