松代(松代城・象山地下壕)

日程 2011/08/01

行程 長野県/長野ICから南へ車10分
松代城址の地図座標 http://www.mapion.co.jp/m/36.5632472_138.198864167_8/
象山地下壕の地図座標 http://www.mapion.co.jp/m/36.552741_138.200353_9/


松代城址(海津城)
1560年頃、海津城として築城
1622年、真田真之がここに松代城として松代藩政の拠点とした。

 

 

 

 



 
象山(ぞうざん)神社



松代象山地下壕入口

第二次世界大戦の末期、軍部が本土決戦最後の拠点として、
極秘のうちに、大本営、政府各省等をこの地に移すという計画のもとに、
昭和19年(1944年)11月11日午前11時着工、翌20年8月15日の終戦の日まで、
およそ9カ月の間に、当時の金額で2億円の巨費と
延べ300万人の住民及び朝鮮人の人々が労働者として強制的に動員され、
突貫工事をもって構築したもので前工程の75%が完成した。
松代地下大本営は舞鶴山(現気象庁精密地震観測室)を中心として
皆神山、象山に碁盤の目の如く掘り抜き、その延長は10km余りに及ぶ
大地下壕である。(説明板より抜粋)

松代象山地下壕入口は象山の東側麓、恵明寺のちかくにあります。
象山476mは松代駅の南南西1200mにあります。(松代駅と象山との中間が象山神社)
皆神山659mは松代駅の南東2500mにあり、現在は皆神山ゴルフコースになっています。
気象庁精密地震観測室(象山の南南東1800m)付近に天皇の御部屋が作られました。

大戦末期の軍部による地下壕構築は他の地にも多数あり、規模の大きなものとして
岐阜県可児市久々利に久々利地下壕、
とその西の緑ケ丘に平牧地下壕があります。(航空機製造用地下工場・三菱航空機)
ここは地下壕のみならず壕の外に滑走路まで作る予定でした。
久々利地下壕の地図座標 http://www.mapion.co.jp/m/35.398485_137.10734583_9/
平牧地下壕の地図座標 http://www.mapion.co.jp/m/35.408831_137.08083167_8/
労働力は象山地下壕と同じ形態での動員でした。


松代象山地下壕内部 総延長は10kmに及ぶ。


松代象山地下壕鳥瞰図





















































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